【児童福祉】結愛ちゃん虐待事件に思うこと〜地域包括とは〜

今年3月に亡くなった目黒区に住む5歳の結愛ちゃん。

連日報道されており、ノートに記された言葉に本当に誰もが言葉にならない悲しみ、痛みを感じていることと思う。

私も心の整理がつかない。

この記事は母親の優里容疑者、父親の雄大容疑者の足跡を丁寧に取材してまとめてあった。↓

www.huffingtonpost.jpいろいろと思うことも多い。

おそらく香川県では地域の警察の役割が果たされており一時保護につながっている。父親は検察にて不起訴処分になっており、更生を望んで、など様々な理由があったのかもしれないが、それでももう少し注視する仕組みはないものか、など考えさせられた。

何が引き継がれて何が引き継がれていなかったのか、父親の仕事の都合で目黒区に引っ越してきてからの品川児相の対応で不明な点が多い。

児相側にもいくつもの言い分があるのだろうが、人一人がなくなっている以上、結果責任は免れ得ないだろうと思う。

ただ、児童相談所に何もかもの責任を押し付けてしまうのは絶対に違うだろう。

NPO法人フローレンスのファウンダーの駒崎さんのブログに詳しいが、東京都は虐待案件の全件共有を警察と行っていないのが実情。

www.komazaki.net

虐待の通報が入ったら

①189に通報→つながる窓口は児相や福祉事務所、市町村

②内容を鑑み、緊急受理会議を行う

③緊急度や必要性に応じて一時保護

 

というのがオーソドックスな流れ。

これは全国共通で、厚生労働省が定めている「こども虐待対応の手引き」にあるものだが、児童福祉に対して国の政策が脆弱すぎることはよく指摘されている。で、どれくらいどんなものなのかと思ってみてみると...

 以下厚労省から出ている文書。

厚生労働省 家庭福祉関係予算案の概要

全体では微増、といったところ。ただ、中には一部減らされている予算もあったり、個別で見ると本当に僅かに予算が取れているけど現実的な解決ができるのかしら?と思うような割合のものもあったり(児童虐待・DV対策等総合支援事業:47億円)。

 

社会的養護の現状について

保護されて施設などで生活する子どもたちの環境整備にも少しずつ、改善の兆しがある(のかしら??)。

ただ、たとえば施設の職員配置一つとっても、大舎制のところは職員1人あたりの児童数が4.43だと!

純化しちゃいけないけど、よくある高齢者の介護施設で1:3が一般的によくある人員配置でそれより見る数が多い。

シングル家庭で子どもが5人くらいいる計算??

と単純に思って驚いてしまった。しかも、一人ひとりが兄弟でもなく、背景もまるで違い、課題も違うとなってくるといくらベテランのワーカーでも大変すぎるのではないか、と心配になってしまった。

と職員配置だけ見ても、いくら予算が少し増えて、少しだけ環境が改善されていても「良くなった」という実感は持てないだろうなと思う。

全体的にかける予算が少なすぎるのではないか?とも思ってしまった。

 

社会福祉士の資格を取る前からずっと思っているのだけど、夫婦だけで子どもを育てるってすごい大変。

介護も昔は嫁だとか妻だとか娘だとか(なぜか多くが女手)でやるものだと思われていたところから、要介護者にはケアマネージャーが介護プランを立てて外のサービスを使ったり家の中のサービスを使って要介護者の生活を支えていく仕組みが整ってきた。

それでも時々、介護殺人が起きる悲しい現実もある。

 

子育てだって同じだと思う。ときには養育者のレスパイトもあったほうがいいし、共働きだったり夫婦以外の協力者がいない家庭に対してはケアマネージャー的な人が養育プランとか親と一緒に立ててくれればいいのに!って思う。

娘や息子の養育にはほぼ、実母と保育園で乗り切っているわけだけど、月に何日利用して、利用しない間はどういうサービスが使えて、みたいなのがあると急な病気のときにも病児保育を使うことがもっとスムーズにできるだろうし、何より子どもの成育に親族以外の人も介入して、色んな人に愛されて育つってことができて、すごくいいのではないかと思う。

子供のためのケアをしてくれるヘルパーさんみたいな人が1日に30分×2回でも来てくれたらその間にお母さんはお母さんのためのことが少しでもできるし、悩み相談もできるだろうし。

 

今、高齢福祉で充実している地域包括支援センターと市区町村、居宅介護支援事業所、各種施設の連携を児童にも横展させてほしい。

ていうか、そうすればだいぶ虐待って防げるし、児相だけに何もかもを押し付けてしまうことも、警察とさえタッグを組めば、ということだけでもなく、「包括的に」救っていけるんじゃないかと思う。

だって、警察が介入できるのは刑事的な事案が主だけど、福祉は生活の中に介入して課題を解決していける面もあって、みんなで取り組めればいいなって思う。

 

って、これ社会福祉士の卒論みたいなものでも書いたのだけど、NGなのだろうか。

そもそも地域包括支援センターはあらゆる福祉を総合した機関のはずだけど、高齢福祉に特化してるのも問題だなと思うし。

地域包括とかそれより細かな居宅(の事業所)レベルで児童福祉の網の目が張れればすごく良いと思う。

 

児相の現実を描いたこの新書、事件報道の数日前にたまたま読み始めていて、すごくタイムリーだった。

こういう現実を知らないと何も言えないなと思った。

 

ルポ 児童相談所 (朝日新書)

ルポ 児童相談所 (朝日新書)

 

 

【MSW】スーパーバイザー

MSWになってあっという間に1年。

今までいた大手IT企業の目まぐるしさとはまた違う忙しい日々。

一番の変化は「人」だった。うちの病院だけの話なのか、MSW全体の傾向かわからないが、毎月人がコンスタントにやめていった。それは美しいほどに。

理由はそれぞれだったと思うが、零細〜大手、外資までいろいろな会社で働いてきた私にしてみれば一見して「人事のまずさ」を感じた。

事あるごとに声を上げてみたものの、まあ新人の声などどうにもならないし。

気がついてみれば、私も一人で1病棟を任され(?)ひとまず、一番の頼るべき相手は病棟師長。

同じ部署の上司とのホウレンソウなど存在せず。

誰それの退院支援に困っているとか制度の説明がうまくできないとか、そういうことは誰に相談したら良いのかよくわからないままの1年だった。ただ、こんな荒野のような職場でもかすかな希望というか光だったのは、他院から期間限定で来ていたベテランのMSWから薫陶(といえば聞こえは良いが)を受けたこと。

 

少なくとも、スーパーバイザーもいない中、初心者がやっている相談支援なんて患者さんの損失なのではないかと思っていたが、ベテランのどのMSWに聞いてもスーパーバイザーがいて怒られながら進んできたという。

やはりか。

私のMSWなんてこの1年、所詮は独り善がりだったんだなと反省。

2年目は1年目ほどのわけわかんなさはないかもしれないが、2年目なりのわけわかんなさと焦りの中をどうにか、スーパーバイザーも探しながら進んでいきたいと思う。

 

MSWという仕事柄、自分の課題を解決していく、自分で解決できない問題を他者とともに解決していく、という相談相手に対して行っていることを自分にも行わないと意味ないような気もしている。

お膳立てされていない環境だからといってそれに腐っているようでは単なる青い人になってしまう。

この歳でそんなはなたれ小僧なことも言っていられないし、学び、考え、進んでいこうと思う。

 

MSWとして全くのまだまだ形にすらなっていない。ただ、1年働いてみて、医療チーム、連携ということを考えさせられたり、そのチームワークの片鱗を感じ取れることは幾度もあった。

そのことはすごく感謝だし、それなのにそういうメンバーと働けない惨状(みんなやめたり他院に行ったり)で出会いと別れを繰り返すという当たり前の現実にもぶつかったり。

 

だから、自己学習でまずは第一歩を。

この本はすごく良かった。

 

「相談力」入門―対人援助職のためのコミュニケーションスキル36
 

 

それとなくソーシャルワークする危うさ。

ソーシャルワーカーとして働きだしてようやく半年と少し。

その中でほとんどのことがわかっていない。わかっていないことにすら気づかないでその場がすぎていく。後で知ることも多い。

 

たとえば、有料老人ホームの入居までの手続きの流れ、必要な書類、とかサービス付き高齢者向け住宅の相場感とか仕組みとか。それとなくわかっているけど何となく...でしかない。

それなのにもう60件とか患者さんを担当している。大丈夫か、自分と思うことが多いが、怖いのはそういう知識がないことだけではない。

ソーシャルワーカーとは」「ソーシャルワーカーとして」の矜持が自分に無い気がするのが本当に末恐ろしい限り。

 

先日、職場の会議で「患者さんや家族に病識を持ってほしい」というのはこちらの押しつけであり、持ちたくないものをもたせるのは何なんだろうか、みたいな話になり大いに反省した。

車を運転したい、だけど脳梗塞で高次脳あり、といった場合に「ムリムリ、運転なんて絶対ダメ」というのを当然と思ってしまっていたしいかに「説得」させるかという視点になりがちだった。

そうじゃないんだろうと思う。

注意障害などあって運転するのは本当に危険だと思うが、自分のイメージ通りに患者さんを沿わせていくものではないし、そういうふうに少しでも自分が動きそうになっていたらそれは絶対ダメだなと思う。

 

全然違う件で、そんな誤解を招いてしまったというか事実、少し自分でもそう促してしまったケースが有ったが、多分1/100でも自分の中にそういうバイアスがあったらソーシャルワーカーとしてはだめなんだろうと思う。反省。

まだ、何も動いていないけど、手厳しい忠告も自分に気づくチャンスとなったのは良かった。

まだ解決もできていないのでなんとかせねばな。

 

【MSW】半年過ぎました

入職半年のケース数

ちょうど入植して半年が過ぎた。病棟のソーシャルワーク勤務を始めてからはまだ5ヶ月弱。まだまだおっかなびっくりだが、秋からフロアまたぎで業務をすることになった。

だいたい2フロアで40件だとちょうどバランス良く先輩も40件ですすめられると考えていたが、先輩の一人がこの冬辞めてしまう。

というわけで、12月下旬からケース数は一気に50件以上となってしまった。

 

それはそれで大変かなと思いつつも個人的には経験を積める機会だとすごくポジティブに考えている。

いまは多分、そういう気分なのだろう。仕事が一番楽しいのは仕事を始めて半年〜1年くらいの頃。

いまはまだ先輩に頼りっぱなしだが、早く自己解決できる力もつけなくては、と思う今日このごろ。

 

他職種連携

ちょっと悲しくもお尻に火のつく話。

先日、患者さんと面談していたときのこと。介護保険などのサービスについて質問があり、答えようと思ったら、医師から突然流暢な説明が...

もうソーシャルいらないじゃん、というくらい完璧&親切な案内。

なんだか、自分の不勉強さも恥じ入るところだったけど、そうやって医師が話してくれるなんてほかの先生ではないことなので感動もあり。

 

ただ、その先生が退院者のかかる病院への手紙を書き渋っていることにはすごくがっかり。私の判断が悪いのか思わず、ベテランの先輩に聞いたけど「なんで先生書いてくれないんだろう。普通は書くよね」と言っていたのでどうにかこうにか、やるべきことの道筋はできてきたところ。でも、こうして変化球が飛んで来ると対応できない自分が降り、あわててしまう。

 

今後の目標

これから考えているのは、いまの病院でしっかり働いて経験積んで急性期にいきたいということ。

やっぱり急性期でのソーシャルは求められるスキルも必要な知識も圧倒的に違う。急性期の経験もどんどんしていきたいと思いつつ、いまはいまで与えられた場所で頑張ろうと思う。

「ストレングス」視点に立つ

まもなく退院の時期を迎える患者さん(Aさん女性)がいる。

彼女の状況は

【家族状況】

  • 夫と二人暮らし
  • 他に身寄りがいない
  • 高齢

【経済状況】

【身体的・心理的状況】

  • 高齢
  • 下半身麻痺
  • メンタルが弱い

といった具合だ。

そうした中、「自宅に帰りたい」という希望を持っている。

ここ半年、治療をしてきたが歩行などはもってのほか、自尿も出ないのでバルーンを入れている。

PTもOTも「はっきりいってこれ以上は無理」との見立てをしているが、それでも本人は自宅に帰ることを望んでいる。

その理由は、

「一緒に連れ添った夫を家に残して別のところに。なんて考えられない。残りの人生、夫と過ごさせてほしい」という切実なものだった。

彼女を取り巻く状況は困難が多いが、私がここで見えていたものは、OTさんやPTさんとは少し違った。

【家族状況】

  • 夫がいる
  • 高齢である

【経済状況】

【身体的・心理的状況】

  • 下半身麻痺で身障手帳の取得が可能
  • 帰りたい気持ちが強い
  • 気持ちにブレがない
  • 身体状況を自分である程度把握している
  • 要介護4

とくに最後の「気持ちにブレがない」というのは支援する上でとても大きな位置を占めることを最近とみに感じるようになっている。

入院時に「とりあえず自宅で」という人は多いが、付帯条件がその後にいくつも出てきて「家は無理だね」となるパターンも多い。

しかし逆に、一つ一つの付帯条件をクリアしたり代償手段を考えて「絶対に自宅」というケースもある。

今回はこの後者のケースであった。

 

今回、OTから出た「無理」の最大の理由は「夫が主たる介護者になりえないから」ということであった。

夫はがんを患ったこともあり、身体的に健康ではないし、年相応の「衰え」を本人も自覚している。自分が妻を支えられないことの認識もある。

その上、比較的依存的で自身の介護保険申請もしていないという有様だ。

 

個別でも、病棟会議でもたびたびこの患者さんのケースについて話し合いを重ねた。看護師もPTもOTも「こんなにリスクが高くてこんなにできないことだらけで、本当に自宅なの?現実が見えてない」という思いをにじませながらの重い会議になった。

その中で、病棟師長が「確かにいろいろあるけど、まずはやってみようよ。できること1つ1つ確認して、本人がやりたいこと・やりたくないことを振り分けて、それでやってみないとわからないじゃん」と言ってくれた一言は、とても大きいものであった。

 

今回、師長さんの発言があるまで「自宅以外を患者さんに提案するのが医療機関の親切」という雰囲気があった。

その中で気になったのは、以下の2点だ。

  1. 患者さん本人のストレングスに立っていない
  2. 夫を介護者にしたがる

もちろん、一緒に住む人というのは非常に重要でありそれなりの役割があるが、夫自身がどこまでできて、できないのかを見極めていく必要がある。だが、その精査をしないままスタッフから「この夫のもとでは自宅は無理」「非協力的だから夫は帰ってきてほしくない(に違いない)」などのバイアスのかかった思いがすけて見えた。

 

「自己覚知」ということを社会福祉士の学びの冒頭で教わったが、自分のよって立つ価値観が支援にもあらわれることは否めない。その価値観とは何か、何が自分をその価値観に引き寄せているのか、よくよく内省していく必要がある。それはソーシャルワーカーに限らずとも必要なのであろう。

 

本人の思いの強さは、支えるスタッフたちをいろいろな形で動かす。この動きこそ、病院としても個人の専門職者としても成長させて貰える機会となる。

患者さんのストレングスは、実は従事する者にとっての非常に貴重な経験、スキルアップのチャンスでもある。

 

今回の患者さんは、「妻は夫を支えてなんぼ」と思う方で、私とはまた少し家族観が異なる。だが、「家に帰りたい」「夫のそばにいたい」との思いは大いに理解できることで、それを実現するために夫にも負担がかからず、妻の気持ちも実現する選択肢を探すことが必須であると考えた。

夫が支えられないのであれば、現在出ている要介護4でサービスをフルに利用して課題、リスクを1つ1つ減らしていくしかない。リスクも課題もゼロの家庭など実はどこにもないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

働く地域

ソーシャルワーカーの資格を取って働くなら「住んでいる地域で」との思いがあった。そのため、区内の病院を受けた。

晴れて受かった、まではよかったが同じ法人内の別病院に就職口をあてがわれ、今持って超セレブの住む、私の身の丈に合わない場所で働いている。

 

こんなにも、世の中には金持ちがいるのね〜ということも学びつつ、もう少し庶民的な、私と同じ目線の方もいる場所で――つまり全層を網羅するようなところ――が職場だ。

 

さて、そんなうちの病院が内のすごい近くの病院をこのたび買収するという。

ぜひともそこで働きたい!!!!

この気持ちは誰に伝えればよいのだろう。

 

働くからにはやはり、地域医療を意識して、地域で働きたいと思う今日このごろ。

 

「他職種連携」の意味

「他職種連携」はソーシャルワークで必ず出てくる話題であり、日々の業務の中でもよく言われている

が、実際に他職種よりも同業の中で相談→解決してしまうことも決して少なくなく、他職種といっても「多職種」にはならず、私のようなMSWの身からすると、理学療法士に相談、看護師に相談、などその時々の課題に対して蛸壺的に相談するにすぎない。

 

さて、そんなしがないソーシャルワーカーだった私が最近、というか今週一番感動したことがある。

 

受け持ち患者さんの中に、最近、歩行状態も悪くて熱発もあって、高次脳機能障害は全然相変わらず強すぎて...

家族は疎遠だし、退院期限近いし....で非常に困難なケースがあった。

あまりにも能力が下がっているのでCTを撮ろうということになり、(こういう提案をしてくれるのはだいたい看護師長さん)撮ったところ、特に変わりなし....

 

やっぱり脳は関係ないか、やっぱり本人の持っている力の衰えか…と諦めかけていた。

そんな中、新しく来た医師が読影をしてくれたところ、「これって水頭症がかなりあるよね。抜くだけでも随分変わるはず。この人の場合、こんなに悪いわけないよ。社会復帰だってできるんじゃないの?」と夢のような話をさらりと言ってのけた。

 

はっきり言って全くもって治療が進まない患者さんで退院後は療養か…と打診先を探し始めていたところだった。

今回の出来事で嬉しかったこと2つ。

1つは患者さんが元気になってくれる可能性が出てきたこと。それもかなりその確度が高そうであるということ。

2つ目は他職種連携の中に医師が入ってきたということ。当院が特殊なのかどうかわからないが、とにかく医師の酷さが際立つ。面談中に寝る、質問に答えない、誤診する、ということが日常茶飯事で(もう通報レベルだと思う)、そこをカバーしているのが看護師という状態。

当然、読影も医師に頼めないことが多く、急性期に相談するために撮る、ということも多い。

 

ところが、最近やってきた先生によってそんなヤブ医者ばかりじゃないよ、ということを初めて体験できて、なおかつスマートなオーダーを出してくれて、いるところにはいるんだ、まともな先生。

と良い経験ができた。

 

その先生がいられる時間は短いけど、その間に先生から学べることはなんでも学ぼうと思う。特に脳外の分野については。

 

他職種連携は、単に患者さんの支援を進めることだけでなく、知識を相互に深めたりつけられることがメリットだと思っている。

医師に提供できることはそう多くないかもしれないが、意外と福祉についてはご存じない方も多く、適当なことを言う医師も多い。

 

こちらも今一度、福祉についてきちんと正確なことを人に伝えられるようにしたいと思ったし、信頼できる人と働けるということは、どの職場においても重要なことであると改めて実感した出来事だった。