MSWのこぼれ話

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【雑記】児童虐待事件が起きるたびに思うこと

昨年の3月、目黒区で女児が親に殺された事件があり、児童虐待の悲惨な事件として報道されていた。事件の後に世論も随分と活発になって各自治体で取り組みなども公表されたと記憶している。

 

それから1年。この冬も野田市の女児が両親に虐待されて殺されてしまった。

本当にどうして子どもの、人の命がこんなにも軽々しく扱われているのだろうと思うと胸が苦しく吐き気がする。

3日も立たせるなんて狂ってる。3時間だって異常だと思うのに。

おまけに食事も与えず死に至らしめている。

夫婦間のDV(言葉も行動も含め)も大問題だが、今回は児童福祉、児童について考えたい。

前提にすべきこと

  1.  親は間違えるもの
  2. 子どもは親の所有物じゃない
  3. 家庭内における暴言も暴力もいじめ同様、犯罪であること
  4. 子どもの生存権は親権よりも尊い
  5. 厳罰化だけでは解決しないこと

やってみたらどうかと思うこと(案)

  • 妊産婦〜出産後1年程度、母親に地区担当の保健師(もしくは病院の助産師か保健師さん)が定期的に面談を行う。
  • 保育園、幼稚園、学校機関、児童センター(子ども家庭支援センター)、保健センター など全ての機関にソーシャルワーカーを配置する。
  • 各機関は月2回以上、情報共有と連携の機会をもつ。
  • 各機関の情報は(できればクラウド上で)一元管理。大手IT企業のもつレベル以上の情報セキュリティーで。

前提についての理由

親が間違うことについて

子どもを育てる親も人で、神様ではないので子どもに対して雷を落とすこともあれば「理不尽だろう」ということで目くじらを立ててしまうこともある。感情のコントロールは大人でも難しい。1歳児を相手に怒りが収まらない日もある。

でもそれは「そういう日もある」ことであって「そういう毎日」であることは子どもに健全とは言えない。

情緒が安定していればバランスをそこそこ取りながら、やりくりしていけるけど人間全てがそういうわけでもない。安定していた人がストレスをきっかけに不安定になることもままある。

親が正しいなんてことは言い切れないし、親が間違ってるかもしれないという前提に立ってみていくと、今まで問題とは思わなかったことも気になってくることがある。

子どもは親の所有物じゃない

だから、親だけが子どもを育てるのではなくて、社会全体(地域全体)で子どもを育てていくような仕組みや制度ができないものか、と思う。

子どもだけでなく、高齢者もそうだけど。

核家族の多い社会の中で、子どもを夫婦だけで育てていくなんて至難の業。親もまた過剰に責任を負うのではなくて日々、些細なことでSOSが出せる仕組みが地域にあれば子育てが変わってくるのではないかと思う。

今回の野田市の事件の真相はまだわからないけど恐ろしいまでの支配欲と怒りが父親の行動から伝わる。子どもを支配することは間違っている、価値観では収まらないダメなこと、という前提ができれば、この支配に依存していた父親の異常性ももう少し早く気づけていたのではないかと思う。

家庭内における暴言・暴力は犯罪です

子どもに向かってつい声をあらげることもあるし、手が出てしまうこともあるかもしれない。でもその度に目に見えない傷や屈曲を子どもに与えているのではないか。

特に「死ね」だの「産まなきゃよかった」だの「こんな子はいらない」だのは一発アウトだと個人的に思う。

親にそう言われてなんともないって子どもは誰もいない。そういう暴言は人や物を破壊する暴力にも繋がっているし、そういう暴力は犯罪と認識した方が良いと思う。

生存権は親権よりも重い

親権は身上監護と財産管理の権利で、そもそも子どもの命を脅かして暴力を振るうような、精神的破壊に至る暴言を吐くような親は、親権を行使していないことになる。いうまでもなく、子どもは親から離れた一存在で親が正しく監護していないのであれば、親権をいくら訴えたところで「何言ってんの?」て話になる。

子どもの命を守る。これが児童福祉のまず大前提でないと、何も前に進まない。

厳罰化では解決しない

だから、虐待する親を片っ端から逮捕して起訴して裁判にかけて懲役刑にすれば虐待は減るよね、ってことはないだろうと思う。その親が子どもを虐待するに至った経緯やどこに支援の手があればよかったか、伴走者がいれば変わったのかを丹念に分析していくようなアフターフォローの専門家が必要ではないかと思う。

ペアレンティングを学べないのもこの国の不幸だと思うけど、間違ったことをして失敗にしちゃった人だとしても、家族再統合に向けた家庭復帰・社会復帰のプログラムにより重きを置いていかなければ解決にはならないのではないか。

やってみたら変わるのではないかと思うアイデア(案)

妊産婦、母親への面談

特に初産だとあれこれと心配なことが多い妊婦さん。仕事とのバランス、夫との関係、自分の精神バランスの変化…。だけども相談先もなく、妊婦健診のたびに違う助産師さんがいて誰に相談したら良いのか…。ということがある。病院の助産師さんが2ヶ月に1度程度、面談して出産後はそれを引き継いで地区担当の保健師さんが月に1度、家庭訪問で面談して母親やその過程の状況を全戸把握する。

ただ、これには大きな問題があって地域の保健師さんの数が足り図、質にばらつきがあること。保健師さんの価値観を押し付けたり親の話を聞かない面談じゃなくて、面談は相手が話すための時間であることを研修や実地で訓練しないと難しいなと思う。

各機関にソーシャルワーカーの配置を

これも保健師さん同様だけど、ポンコツSWじゃ意味がない。100人規模に1−2名程度配置(常勤、少なくとも開いてる日は在籍)して基本的に年に1度は親、子(別で)と面談する。入園時、入学時は入ってから2ヶ月以内とかでね。転校も含め。

そこで色々課題があったり、課題だったことが解決されていたりという進捗はあるはず。

情報共有、目的を持った会議を行う

なので、定期的に会議を行ってそこで細かく情報共有と連携を図っていく。※子どもの抱えている問題は何によって解決できそうかをアセスメントしていくのがSWの役割と考え、ここでいう連携とは「誰が」「いつ」「どこで」「なんのために」「何をする」を確認すること。

情報はクラウド管理したい!

以前、IT企業にいたこともあってIT企業のセキュリティレベルって相当高いと思っている。個人情報(顧客の氏名など)の入ったメールなんか絶対送っちゃいけないし、クラウド内でもアクセス範囲が限られている。

引越しのたびに児相の引き継ぎができてないとか、会議の書類がないとか言語道断だと思うことがあるのもいまだに紙文化のせいではないかと思う。

紙が悪いとは言わないけど、その場で記録をまとめる係がいてすぐにアップして誰でも(ってもちろん権限のある人)が閲覧できれば、間違っていたり書かれていないなんてミスも防げるのではないかと思う。

 

単なるアイデアなので懸念事項もたくさん湧くけど、子どもの命が一番大事、その子どもを把握できるのは児相じゃなくて地域でしょ、と思うので地域の専門家がもっと嗅覚を養ってしなやかに動くスキルを身につけて働いていれば、虐待死するもっともっと手前で防げるのではないかと強く思う。