MSWのこぼれ話

不定期に更新します

人を支援するとはなんだろう。

あけましておめでとうございます。

 

もう昨年になってしまうけど、忘れられない患者さん(Aさん)がいる。

つい最近あった出来事で今も終結していない話なのだけど。

 

Aさんはある事業を長年しているビジネスマンで、入院当初は経営者然としていて「個室に入れたら入りたい」とも話していて、どちらかというとレディメイドの制度利用よりオーダーメイドを望むような節も感じられていた。

とはいえプライドが高そうということもなく、入院のはじめは「命が助かったのは良かった。けど何もワカンねぇんだよ」とよく言っていた。

そのわからなさが、私も汲み取りきれていなかったが、リハビリスタッフからの話でどうも重い高次脳機能障害が残存しているとわかった。

 

本人もその自覚があってよく涙されていた。

 

リハビリの時間以外は仕事を精力的に行うものの、何せ高次脳のせいでどこまでやったかとか何をどうしたら良いかなどが途中でわからなくなってしまうらしい。

会社の人ももちろん、事業を回してくれていたけどなかなかワンマン社長だった故に難しいこともあり、入院2ヶ月目からは外出して職場に行ったり銀行に行ったりとされていた。

 

「なんとかなってます」

仕事のことを伺う度にそういう答えを聞いていて、こちらもAさんの経済状況には深く踏み込まずにいたのだが、退院まであと数日というある日のこと。「退院したら事業を畳みます」と。

 

どこまで本当の話なのだろう。Aさんを支えてくれているのは遠方に住むいとこ。そのいとこに話を伺うも、「Aのいうことは本当です。マズイみたいで」と。

今更退院を取り消して入院させることなどできない(だろうと思った)。

それに、経済状況がどこまで悪いのか想像もつかない。

退院後に利用する予定のリハビリや訪問看護師のことなど、全てがペンディングになってしまった。

「この人の在宅生活を支えるところがどこにもない」。

そんな状態での退院となってしまい、退院時に利用予定の在宅ケア担当の人の名前と連絡先を一覧で伝えて、「こちらからも連絡します」というのが精いっぱいだった。

 

翌日、すぐに上司に相談したところ、「それは生保(生活保護)になるかもね。その手前の相談センターもあるから行ってみたら」とアドバイスをいただき、すぐにその翌日にAさんと行政の窓口に行った。

 

小一時間ばかり、親切丁寧に教えてくれたものの、生活保護を受けるためのハードルがおそろしく高くてAさんは意気消沈。

私も病状から考えてAさんに「今申請しましょう」とは言い切れず、「いとこにも相談してみてください。生活保護を受けることで得られるメリットもあるし、今の状況を考えると対象ではあるので選択肢にはなりうると思います」ということを伝えるのがやっとだった。

ちなみに、生活保護受給のハードルが高いというのは、以下のようなことを言われたからだ。

  • 今の家を引き払って他の家を借りることはできない
  • 転宅の費用は生保では出ないだろう
  • まずは寮に入ることになる
  • 寮に入ってそこをすぐ出られることはない
  • 寮には半年とか1年とか長期的にいることになるだろう
  • そのタイミングを判断するのは生保ワーカー
  • 出るには就労するなどのきっかけが必要
  • 家族がお金を出してくれれば別だけどね

という話。

Aさんは高次脳の障害があるゆえにまだまだ就労できる状態ではない。

おまけに内科疾患も抱えていて今後も継続治療が必要でそんな寮生活自体、かなり難しい。

家族といってもいとこだし、いとこにも子供がいてAさんを経済的に支えることは難しい。

相談センターで対応してくれた人には全ての事情を話した上だったけど、それでも上記のような回答でその日、申請をすることはできなかった。

 

後日、Aさんが生活保護の窓口に申請に行ったものの、他の担当者からも同様の説明をされ、電話をくれた。「もうダメです。生活保護も受けられないし生きていくことができない...」と。

 

足を運んで説明を聞きたい、相談に乗って欲しいと言っているのに通り一遍のAIみたいな対応をする役所の相談係にも憤りを覚えたし、Aさんの窮状をなんとかせねばという気持ちしかなく、「Aさん、今から行くのでまだちょっとだけ待っててください」と言って、駆けつけた。

 

改めて転宅がダメという根拠など確認したものの、話は尻すぼみ。「そんなこともないです」とか「事情があればそれも与します」とか、なんとも歯切れの悪い返答。

私が同席して改めて生活保護の申請をお願いしたところ、「退院した病院のワーカーですよね。(なんでここに??」と言われながらも、クレームと思ったのか、主任さんが対応してくれてなんとか申請自体が受理されて一安心。

 

まだまだ支援の途上だし、正直Aさんにとって生活保護の申請ができれば彼自体を支えられた、援助できたことになるのか?と思うとそうではないと思う。

 

ただ、今のぐちゃぐちゃになってしまった生活と経済を整えるのにどうしてもお金が必要で、その時に生活保護の制度は必要だったということ。

これからも、彼が生活を整えて健康を維持してリハビリを通して就労に向けての本人なりの高次脳の障害との付き合い方を体得していくその過程を伴走する誰かは必要となる。

 

今回、生活保護の申請をAさんとしているときに、医療面から寮生活は不適切であることを伝え、同時に「在宅設定を全て整えていた矢先の廃業だったので、独居生活はサポートがあればできます」ということも付け加えた時に「すでにサービスまで調整がついていたのであればできるだけそれを崩さないようにしたいですね」と生保窓口の方がおっしゃってくださったことが印象的だった。

 

病院のソーシャルワーカーなんてその人の人生をずっと支えることなんてできなくて本当に短い間のこんにちはとさようなら。

でも、だからこそその日々の中で家に帰った後のケアや連携先を適切に、的確に繋いでおく必要がある。

 

正直、サービスをどうするか考えていた時は生活保護になるとは考えていなくて、もっと気軽に考えていた部分もあったけど、きちんと在宅での生活のための環境を整えておくことが思わぬところで意味を持つことがあると知った。

知識不足、経験不足を日々痛感するけど、一人一人に誠実に向き合うこと、相談に耳を傾けること、透明性を持って支援にあたることを今年も肝に銘じたい。

 

 

 

鈍感と敏感の混在

先日、先輩と患者分担について話していた。

今の担当患者を見ていると

  • 帰りそうな人、帰る予定のある人 3割
  • もう少し時間がかかるけど方向の決まってる人 6割
  • まだどうなるかわからない人 1割

という割合(すごくアバウト)で困難だったりやりにくいと感じる人はいなくて、過去を振り返っても、今の病院に勤務してからあんまり仕事が大変!!!!と感じることもない。

 

「ずっと、やりやすい人ばかり担当してきたからちょっと神経質な人でも担当しますよ!」と何気なく、本当に何の気なしに言って、ちょっと大変そうな人を担当しようかなと腹づもりをしていたところ、先輩曰く「そんなことはないでしょ!」と。

 

そうだったかな〜。

 

自覚症状はない。

ないけど、指摘されればちょっと大変な人もいたかもしれない...。

だけど、直接私が対応できる範疇を超えてる話(例えば医師の対応や看護師のインシデント、アクシデントなど)だったり、最終的に対応策を覚えて患者さんに不利益のないように、気持ちを損ねないようになんとかなってきたような(つもり)こともあった。

 

だけども、都合が悪いというか、大変だな〜と思ったことはあっという間に忘れてしまう。

 

制度や法律は眼前にあっても、その人に必要なもの、その人が必要と思うものはその都度違う。

例えば介護保険

ある人は「私には介護なんていらないわよ」と拒絶する人もいる。

「すぐ申請したい!」という人もいる。

どっちの人にも必要でも、その人が「必要」と思って初めて手続きなど現実的な動きにつながっていく。

その動きをするために必要性を話すとか、情報提供はするけど、「ない場合ならこういうことも考えられる」ということの良い側面もあれば伝える。介護保険でヘルパーをお願いすれば時間も内容もある程度決まってるけど、安い。

自費なら自分で好きなタイミングを設定できるし頼める範囲も広いけど、高い。

とか。

その人がいるいらないの判断をしている根拠がどこにあるか?で必要な働きかけは変わるし、相手のことを知らないとすごく行き違うことを感じる。

だからというわけではないけど、あんまり大変に思わずにいるのかもしれない。

 

「うまくやってるよね」と先輩に言われたけど、うまくやってるという感覚も残念ながら持っていない。

けど、すごく悩み込むこともなく総じてうまくやってると言えるのかもしれない。

 

嫌なことのスイッチオフの速さとか忘れっぽさには自信があるけど、本当に些細な一言が気になって寝覚めが悪いとか一日遅れで「あの時のあれはこういうことだったの!」と謝ったりすることもしょっちゅう。

 

こういうバランスは難しいけど、別にソーシャルワーカーに限らず、人が生きてる以上は人の中に存在する鈍感なところと敏感なところなんだろうと思う。

くれぐれも、必要な時にそれぞれの感性が発揮されるよう、祈るばかり。

そうでないと聴くべき声を聞き分けられない。

 

ソーシャルワーカーでよかったこと。

ソーシャルワーカーという仕事にもっと早く出会っていたかったなと思うことがよくある。

物理的に経験が積めない(あと10年若い子にはもうどう頑張っても経験値として50歳になった時に開きが出るし)、やりたいことがたくさんありすぎで学びきれないと思ったり。

自分に合った仕事だなと思うのも大きい。

とはいえ、今まで経験してきた仕事も「なんて天職!」と思ってやってきてたから「それはそれ」と思ってはいるけども。

 

でも、何が一番よかったかというと、ものすごくいろいろなことを想像できるようになったこと。

 

とある日の午後、患者さんのご家族がお見舞いに行くところをすれ違った。一見、着古して最後に洗濯したのはいつだろうかと思う服を着て、でも足取りは確かで、病院に向かって歩いていた。

知らない人からしたら「どこにでもいるおじさん」なのだろうけど、その方の姿を見てあれこれと考えるきっかけになった。

その方のご家族は療養病棟に長いこと入院をしていてコミュニケーションを取れる状況ではない。けれど、患者さんのご家族は一日とあけることなく毎日お見舞いに来ていらっしゃる。

もしかしたら、リタイア後は夫婦水入らずで旅行に行こうと考えていたかもしれない。

飼っているペットの世話を二人でやったり、孫の面倒を見たりということを楽しみにしていたかもしれない...。

いろいろとやりたかったこと、行きたかった場所があったかもしれない。

だけど、今、目の前にある現実は家族が意識障害の中、何年もベッドにいてお見舞いがその家族で過ごす唯一の時間と場所になっている。

 

何気なく道を行き交う人の中にもそうした事情や背景を持つ人がいるかもしれないし、またもっと違う事情を抱えた人がいるかもしれない。

そういう想像をリアリティをもって描けるようになったのは私自身にとってすごく大きいことだった。

昔、新聞記者をしていた時とすごく似た感覚。

あの頃はとにかく出会った人の内側にあるものをどうやって言葉にしていこうかという思いの中でやっていたし、今は出会った人の心のうちをどうしたら丁寧に、丹念に支えていけるかということを考える。

 

記者もワーカーもやりがいがある。両方大好きな仕事。だけど、今の病院で働いていることも関係しているけど関わりの丁寧さや繊細さをすごく考えさせられ、悩みながらの日々。

 

毎日のようにお見舞いに来るご家族に、心から敬意を思うし来られないご家族もまた、いろいろな事情があってのこと、関係性があってのことなんだろうなと思う。

どっちがいいとか悪いとかそういうことじゃなく、どの人にもあるいろいろな気持ち、現実の課題、そのどれも見逃さずに支援していけたらなと思う。

 

 

【自主学習】「女性・子どもと暴力」の講演を聴く。

港区男女平等参画センターが主催するフェスタに森田ゆりさんの講演があり、聞きに行った。

森田ゆりさんといえば、日本にCAP(Child Assault Prevention)を紹介したことでも有名で、CAPのワークショップや研修は、ソーシャルワーカーでも受けて当たり前、くらい普及しているもの。

森田さんは今、エンパワメント・センター主宰として虐待だけでなく、広く人権についても活動をしている。

 

人権とは何か

森田さんは、人権とは「生きる力」であり「まるい力」だという。

生きる力とは、「自分をたいせつな人と思えること」。この生きる力=人権であり、明治時代に福澤諭吉が翻訳した「天賦人権」とはまさにここでいう人権と重なる。

 

森田さんが20年ほど前から取り組んでいるものの1つにMY TREE ペアレンツプログラムというのがある。

MY TREE ペアレンツプログラム | 森田ゆり主宰 エンパワメント・センター

虐待をしてしまった親や被虐待児へのプログラムも展開されている。こうしたプログラムを通して親も子どもも「生きる力を取り戻」していくのだという。

日本の法律では

日本の法律では、1947年から児童福祉法というのがあるが、子どもの権利条約が批准された94年以降もずっとずっと「国民は」という主語を使って法律の文言が展開されており、2016年にようやく「児童は」と子どもに主体性を持たせた文言に書き換えられた。

どうしてこんなにも時間がかかっているのか、不思議で仕方がないが、法律においてもその重すぎる腰は、子どもの権利を正しく捉えていないということの証左なのだろう。

身体的虐待の発生と予防策

身体的虐待とはズバリ

体罰 + いくつものストレス + 孤立 

の中で起きるという。

半年ほど前、友だちのお子さんが児童相談所に一時保護された話を思い出した。彼女は、長くワンオペをしてきて、最近ではご両親とほぼ同居で、下は5歳から上は12歳までの子育てをしている。

やや、発達障害があると指摘を受けている一番上のお子さんがどうしてもいうことを聞かずに、殴る蹴るをして、体も顔もあざだらけ。それで、学校から通報があり保護されたとのこと。

その彼女が「次は見えないところをやるまで」「悪いと思っていない」といったのには本当にかける言葉もなくてどう反応したら良いかもわからず、「でもやっぱり体に受けた傷以上に心の傷はわからないから」というようなことを話した気がする。

 

きっと、殴った彼女にも傷があると思いながら…。

 

体罰をしてしまう環境的要因(ストレスとなりうるもの)は、親自身が持つ価値観・指向性や生育環境よりもじつはとても大きくて深刻なのではないかと思った。

DVを受けている、夫と不仲、子どもの発達特性、経済的問題、家族関係etc.がある。

そして、体罰には大きく分けて6つの課題があるという。

  1. 感情のはけ口になっている
  2. 恐怖(痛み)を与える
  3. 即効性があり、他の方法がわからない、待てなくなる
  4. エスカレートする
  5. それを見ている他の子へのダメージも大きい
  6. 取り返しのつかない事故になる

深く納得してしまった。手が出るとき、出そうになるときは大抵親側のキャパが超えている。子どもを全然受け入れられなくなっている。同じことが仮に赤の他人であったり、対大人だったらしないだろうと思う。その理由は、「責任が自分の子にはあるから」というよりは、赤の他人の子どもの親の存在や、対大人なら相手との力関係、周囲からの評価の前に理性が入り込むからだろう。

親が自分の子どもを「所有」している限りは体罰によって落とし所(自分の気持ちの収めどころ)を持つ人が後を絶たないのではないかと思う。

 

だからこそ、体罰に代わるしつけの方法が必要。

閑話休題

講演の中では詳しくは触れられていなかったが、私なりに、私が子育てですごく最近見つけたものは、「子どもを抱きしめる」「抱っこする」というもの。

怒りたい、叩いてしまいたいと思うほどイライラがピークになったときにこそ、抱っこ。

そうすると、子どもの感情が落ち着く。子どもの感情が落ち着くと同時に自分の気持ちも落ち着くから。

毎回、できることでもなく、うまくいかずに怒ることもあるけど、手は出さないで済んでいる。

先日、仕事がらみで小さい2歳くらいの子どもたちと遊んだり触れ合う機会があった。

その子どもの1人がおもちゃを投げて友達に危ない思いをさせていた。何度もするから怒りたくなる大人もいたかもしれないけど、たまたま危ない思いをした子どものケアを他のスタッフがしたため、すかさずおもちゃを投げた子を抱き上げたら、素直に抱かれるがまま。

温かいし、こりゃ眠いわ、と思って、「眠かったんだね。ねんねしようね。でもお友達痛かったから投げるのはやめようね」と言ったら自分からゴザの上に寝転がっていた。

 

その子なりに荒れる理由がある。

その理由は言葉にはできなくて、行動になって現れるけど、大人の側がこうかな・ああかなと声をかけて関わることを繰り返していくと、きっといつの日か子どもは自分の気持ちを話せるようになるのではないか、と思う。

5歳の娘はまだ全然ダメで、こちらも本当に「もっと頭で考えなさい」とか「はっきり言いなさい」とか言ってしまうけど。

 

DVと虐待事件

虐待事件の中には、DVが背後にあるケースがあるという。

例えば、日本を震撼させた「目黒虐待死事件」もそうだし、「野田虐待死事件」もそう。

これらに共通しているのは児童相談所が一度は介入し、一時保護をしていながら、きちんと連携が取られずに再虐待のすえに子どもが虐殺されてしまっている。

森田さんの言葉ではないけど、子どもへの虐殺だろうと個人的には思う。

そしてもう1つ、この2つの事件では夫が妻にDVをしていた。妻もまたDV被害者であったという点だ。

 

DVを受けると多かれ少なかれマインドコントロールされていく。「自分も悪かったのではないか」から始まり、「こんなにちゃんと頑張ってるのに子どもが泣くから、いい子にしてないから、私が(夫に)怒られる」となり、ついには夫と共犯関係になることで自分を守ろうとする。

 

この共犯関係は母子間でもあるし、片方の兄弟と両親が結託してもう1人の兄弟をいじめるという図もあり得る。

家族は病理が潜みやすい。

少なくとも、父親たる夫から母親へのDVがもっと敏感にキャッチされて問題視されていれば、外部の関わり方で救えたのではないかというのがこの事件に共通している。

 

そして最後のポイントは、どちらの父親とも「サイコパス」だという。人と共感するとか情緒的な関係を築くことができない人たち。

未だ、彼らは自分が悪いとは思っていないし死んだ方が悪い、子どものせいで自分は捕まってる、くらいの認識なのだろう。

通り一遍の反省は示すかもしれないけど、どこまでいっても自己愛性が強いらしい。

つける薬もない。

怒りの仮面とは

 怒りには「健康な怒り」と「不健康な怒り」があるという。

健康な怒りとは、不正に対する怒り、正義が実行されていないこと、公平性に欠くことなどへの怒り。

不健康な怒りとは、悲しみや痛み・不安を覆い隠した怒り。

なぜ、覆い隠して怒るのかというと、傷つき体験の感情が突かれるから。刺激されるから。

 

講演の最後は駆け足だったが、この怒りの話は非常に心に止まった。

 

ちょっと個人的な話になるが、思い出したことがあった。

「怒りとは悲しみや不安、寂しさの裏返し。僕を怒らせるのはあなたが悪い」。

何遍となく、私が結婚して以来、元夫に聞かされ続けた言葉。

あなたが怒るのは、私のせい??

私が悪いから、あなたを怒らせるの??

 

言われるたびに考えさせられて、その意味がわからなくてまた怒らせるということを繰り返していた。

この講演を通して語られたことは、私の混乱を整理し鎮める時間でもあった。

妻という立場で元夫に何かをアプローチすることは難しかった。彼がカウンセリングや癒されていない親との葛藤を超えていくということへの関心はなかったし、同じ境遇の兄弟たちと始終傷を舐め合い、共感し合い、私を批判して笑っていた。

それでしか彼自身が解放できなかったのだろうと思う。

だから私は離れることにしたのだけど、この講演を聞いて自分の中に少なからず、結婚当時えぐられたものがあったんだなと思った。自分の心に触れられたことはとても良かった。

 

たかだか4-5年ほどの結婚でこの有様。

10年、15年と結婚していればどんなに頭で分かっていても共依存的になる部分はあるだろうし、それがないと自分を保っていけない。

モラハラやDVをするやつは、根こそぎ人の人生を、心を抉り取っていくから。

#2f4f4f

 

最後に

ある日、ツイッターを見ていて気になったことがあった。

野田の事件で母親が実刑判決が出たことに「当然」という意見。そして、三つ子の母親がお子さんをあやめてしまった事件についても「実刑判決を受けて当然」という意見。そして弁護側の意見を述べた多胎児の親に対する誹謗中傷も散見された。

 

これは一体、なんだろうと心底訝しく思った。

何も、虐待する親が「明日の私の姿」だからではない。

あの事件が起きたのは社会の仕組みが不完全だからだとなぜ思わないのだろうか?ということ。

そしてその不完全な社会の仕組みに甘んじていたのは虐待してしまった親だけじゃなくて私も責任があるのではないのか?と。

私自身は政策立案を生業とはしてないし、行政で働く身でもないけど、「子どもの命を守るのは大人の役割」とシンプルに考えている。

別にその時にいう子どもって自分の子どもに限らないし、大人は親じゃなくて成人した全ての人を指す意味で使ってる。

 

親が子どもの命を守るのは当然と言えば当然かもしれないけど、家族の中というのはとかく病理が蔓延しやすい。しかもその病理は案外、外からは見えなくて当事者の味わう違和感で客観視されていくけどそのプロセスに付き合ってくれる人はまずいないから、セルフケアしていかなければならない。

セルフケアも何も、「自分が悪い」「自分が変わればいい」としてしまう人の方が多いと思う。圧倒的に楽だから。

だから、昔とは違う価値観で生きていくし、それが必ずしも悪いとは思わないけど、いき過ぎれば良くない結果をもたらすこともあるだろう。

 

だから家族の力とかそういう言葉が嫌い。そういうことを言う人はちょっと警戒してしまう。

家庭内で愛されて子どもが育つことはとても大事。それはすごくわかる。けれど、同じように社会の中でも愛されて育てていくべきだと思う。

虐待とかDVとか防ぐ仕組みにもっと制度も人的教育(ワーカーの育成や研修など)も予算をつぎ込むべきだと思う。

少子高齢化とか言いながら、今生きてる子どもたちがこんなにあっけなく親や学校の先生、同級生に殺されていたり、心を殺されている日常なんて異常事態だから。

 

高みの見物みたいに「実刑判決当然」と言えてしまう大人に不快感を覚えている。

 

 

 

 

 

 

福祉について考える①

今、未就学児が2人いる我が家は、2人ともゼロ歳児の時から保育園のお世話になっている。

上の子が今年最終学年なので、利用6年目となる。

上の子は8ヶ月、下の子は5か月からお世話になっているので離乳食も午睡の習慣も立った歩いたも、「自分で」(という自我の芽生え)もトイトレも全部保育園で習得したに等しい。

 

保育園を利用するにあたって準備するものは以下のようなもの。

  • 午睡時用の敷くタオルとかけ用のタオル
  • 洋服
  • スタイ
  • オムツ、おしりふき
  • 靴、上履き。

あれ...以上だ。

午睡用の布団もおもちゃももちろんのこと、色鉛筆やお道具箱もはさみもノリも用意されている。

ついでにお楽しみ会や運動会の衣装も「先生」の手作りである。

子供が年長になり、ある日、本人の棚にお道具箱があってふと気がついたのは、そういえば保育園にかかる諸費用って何も請求されないなってこと。

遠足での交通費、バス代もそうだし、お道具箱も手作りの衣装も...。

 

これがきっと小学校に上がると教材費や校外学習費用としてもろもろお金がかかるのだろう、つまりここは福祉と教育の大きな違い・境だなと気付かされた。

福祉ってつまりそういうことなんだ。

福祉にはお金がかかる。運営側にお金がとてもかかる一方で、利用する側の負担は極端に少ない。保育園は応能負担なので収入によって保育料が変わる。

 

でも、「だから福祉も利用者からお金をどんどん取ればいい」という話ではない。

そういう考えの人もいるけれども。

もっと親がお金を出して保育園を利用すればいいという人は「福祉って社会保障費のムダ金」と言っているように思えてしまう(思いすぎだろうか)。

 

福祉の勉強をして必ず学ぶのが「自助・互助・共助・公助」という考え。

自分でなんとかしてよねという自助の中には、その人自身の持つ強みであったり生きる力も含まれていてネガティブなものだけではない。

この中に自助・共助・公助がわかりやすくまとまっている。↓

http://www.utsunomiya-syakyo.or.jp/workplan/pdf/0.pdf

 

社会福祉士の養成コースでは、自助でもうまくいかないときに共助や互助で支えあってそれでもダメなら公助、という風に習ったけど、なんとなく、思うのは公助という大きな枠組みの中で日々の生活は自助や互助・共助で成り立っている、という図。

保育園などはまさしくこの公助の枠組み。

自分がまさか、福祉を利用するとか福祉が身近だとか考えたこともなく生きてきたけれども、案外生活の中に福祉ってあって、それに支えられている。

 

先日、税金の話をツイッターで見かけた。

1000万の収入の人の税金が約300万ほどなのだとか。年収300万円ほどの人の税金はおよそ60万円とのこと。

それで、1000万クラスの人は「貧乏人を支えて自分が貧乏になってる」という嘆きの話だったのだけど、そもそもそれは近代国家、民主主義国家においての社会保障制度が存在する限りは、「そういうもの」なのではないか?と思った。

 

私は年収300万でも1000万でもなく、日々貧乏に暮らしているし、他人の納めた税金で賄われている保育園を利用し、図書館を使い、道路を歩き、上下水道も使っている。

税金が高いとか使われ方が酷いとか、そう思うこともあるけれども「自分の税金で貧乏人が生活しやがって」なんて思ったことは一度もない。

考えたこともなかったし、そういう考え方に触れた後もやっぱりそういう考えは受け入れがたいなと感じた。

 

仕事柄、経済的に困窮する患者さんや家族とどうしたら少しでも経済的負担が軽くなるか、一緒に考えたり制度を案内したり、できること・できないことを検討する機会がある。

経済的な課題ばかりでなく、体や脳に傷を負った人が「家に帰りたい」「働きたい」といった希望を実現できるような高齢福祉や障害福祉のサービスについて利用検討することもある。

苦しく・辛いこともあるリハビリを経て、自分のこれまでとは違う身体状況、精神状態を抱えつつもハードやソフト面で環境が整えばその人らしく生きる生活がまた実現できるというケースは多い。

 

福祉制度を使わずに「これまで通りどうぞその生活を」と送りだせれば良いけど、病気や怪我によって使わざるを得ない人もいる。

そういう人が身近にいてもいなくても、社会がいろいろな状況に置かれた人をゆるく助けている社会は円熟していると思う。

 福祉を成立させるには、就労世代を中心に多くの税金を必要とするし直接恩恵を受けない(子どももいないし障害も持ってないし高齢でもないし)人にとっては、煩わしいものなのかもしれない。

 

けれども、目に見えぬ誰かのために、まだ見ぬ未来の誰かのために(もしかしたら自分のためにも)お金を使うってそんなに嫌なことかな。

 

税金の運用や配分にはもちろん、まだまだ見直すべきこともあるだろうし、金持ちは納税してればいいなんてこれっぽちも思わない。

 

健康で働けることはありがたいこと。だからたくさん働いて、たくさん税金納めて全然働けない人を支えていくのもかっこいいんじゃないか?なんて思いつつ、今日も子どもたちは保育園へ。

 

【時事】川崎殺傷事件が投げかけたもの

川崎の殺傷事件から約1週間。

速報では誰が犯人変わらなかったが、そのうち、犯人が自ら命を絶ったこと、50代であったこと、長い間、自宅に引きこもっていたこと、おじ・おばに育てられた境遇であったことが報道からわかった。

 

そしてこの事件以降、引きこもり×事件の報道をたびたび目にしている気がする。

さらに8050問題を取り上げるニュースメディアも急速に増えた。

増えたけど、内容は何も心に響かない。犯人探しをしていて、「引きこもりってわがまま」(坂上忍)とか言ってしまっていて、何の提言にもなっていない。

無論、彼らは提言などするつもりもなく、井戸端会議の拡大版を日々やっているのだろうけど。

 

今回の事件で私が感じた2つのこと。

  • 引きこもっている人が犯罪を犯すわけでは決してないこと。
  • この種の犯罪は他でもなく、私たち一人一人が遠因になっているのではないかということ。

1つ目の話は、以下にもはっきりと提示されている。

blog.livedoor.jp

引きこもりの当事者団体に関わっている友人がいる。彼自身も、少し社会に生きにくい面も持っていながら、大人になって診断されて障害を抱えつつ生きている。きっと、彼自身は引きこもらなかったけど、引きこもる手前の時期もあっただろうし、だからこそ当事者団体に携わっているのだろうと思う。

 

引きこもっている人の中にも、引きこもってない人の中にも一定数、社会に怨念を持って生きている人はいて、何かのきっかけで犯罪に走ってしまうケースがある、というのが現実であろう。

引きこもり=悪、わがままで済ませられればとても簡単な話なのだけど、そうではない。

今日もジャーナリストの池上さんという人(池上彰じゃない)が言っていたけど、引きこもった背景には個別に様々な事情がある。社会に出られず引きこもらざるを得なかった、引きこもらされてる現状というのをまず理解しなくてはいけない、というようなことをおしゃっていた。

全くその通りだと思う。

 

もしかしたら、本人すら気づかない理由もあるかもしれない。

なんか、いつの間にか出られなくなってしまって、気づいたら抜けられなくて...

とか、ある日寝坊したら次の日も出社できなくなって...とか。

以前、記者時代に引きこもりについて取材をした時、「朝、起きられない。どうしても起きられなくて数年間、引きこもっていた」という人がいた。

本人も、自分のだらしなさからくると自分を責めて、家族にも呆れられて...。

でもある日、体調を崩して病院に行ったら、起立性低血圧や甲状腺の病気などを実は患っていることがわかって、内服治療を始めたら少しずつ、体調も良くなって今では週4日ほどのアルバイトもできると話していた。

これは一例だけど、いろんな人が、いろんなきっかけで家から出られなくなってしまっている。

 

家なら居場所があって引きこもれるのであるとすれば、家の存在意味ってとても深く、大きい。

 

だけど、家が社会や世界の全てではなくて人は人と出会っていく生き物なのではないかと思う。

2つ目に感じたことにもなるけど、拡大自殺のような事件の容疑者の多くが社会との接点がとっても偏っていたり、孤立感、孤独感を深めている傾向にある。

 

今回の報道でも時々登場する「支援」という言葉をどう考えるか、この事件を通して考えさせられているが、支援て何も右にいる人を左へとか上へといった引っ張り出すような、枠組み当てはめていくようなことでは絶対ないはず。

 

支援の最初は、「関わること」なのではないか、と思う。

その人の持っている時間のリズムや言葉やトーン、波長をよくよく観察して、その人の心の底に何があるのかをよく考えること、話を聴いたり話をしたり。

そういう関わりの中でその人の必要が少しずつ見えてくるのではないかと思う。

 

そしてその関わりってやっぱり出会って顔を合わすことで関係が育まれていく気がする。

ネットで完結するものとしないものがあって、人の繋がりはネットでは完結できないだろう。ネット入り口になるけど、その先には声を聞いて、顔を見て、直接会って時間を過ごして。

そういう積み重ねは、自分の中にたくさんの無形遺産を作っていく。

その積み重ねこそが本質的に自分を律するし、強くするし、自分のアウトプットを変えていくような気がする。

 

もし、人生に自分への関心を寄せてくれる人が1人でもいたら。

どうしようもない怒りや悲しみをそばで聴いてくれる人がいたら。

 

嬉しい気持ち、喜ばしい気持ちって誰かと共有するとさらに膨らむように、憎しみや怒りってそれを静かにしっかり聴いてくれる相手に共有すると適切に矛を収められることがある。

誰が悪いとか、わがままだとか言ってしまうこの社会には、本当に絶望しか感じないという人も多いだろうけども、こんなにも痛ましい事件があったのだから、もう二度と繰り返さないために、できることを一人一人がやるべきだと思う。

 

www.newsweekjapan.jp何度読んでも考えさせられる。例えばこういう選択を持っていたい。日本はそれだけでだいぶ変わるのではないかと真剣に考える。

【雑記】「病院の質」ってなんだろう〜クレーム対応から考える〜

新しい病院で働き始めて2ヶ月がたった。まだ2ヶ月、もう2ヶ月...。

働き始めてまだ時間が浅くて全容を語れるわけではないものの、肌で感じたことを少し。

 

医師の責任の範囲は?

ここにきて改めて驚いたこと・感謝したことに医師の明確な役割分担、責任があること。

患者さんの状態把握、診察、病状説明、他科コンサル、診療情報提供書の執筆は全部当院では医師が行う。

下血していたら採血→結果から他科相談→診断もしくはいくつかの疑いを出して、家族に一報。

ここまで誰に頼まれなくても自動的に医師が動いて行っている。

看護師の配置

看護師は他の病院と変わらずに日々の患者さんの状態把握や身体看護。身辺の看護的ケア。

一番の違いは人数の配置。60人ほどの病棟に看護師が日中は10人以上常時いるので入浴係、部屋持ちがいて管理者はその中に含まれていない。

前の病院の看護師がどうのこうのとは全く思わないのだけど、人数が全然違うのは非常に驚きだった。

単純に人数が常に足りないからステーションがもぬけの殻、そこに患者さん2名(ステーションで見守り対応の人)がいることはざらだった。ドッキリしてMSWだけど見守るよ!ってことは日常茶飯事。トイレ連れて行ってあげられないけどね...。

 

食事時間の配膳も介助もとにかく人がいなくて「できることなら手伝うよ」と思ったことは数知れず。

 

今の病院は患者さんの座る位置に合わせてカウンターにダーっと先ずはお盆を並べる人→カウンターの配膳盆を並べるスタッフと手分けしてスピーディに配っている。人数も確保されているしシステムも整っていた。

看護師の態度・役割

看護師の態度でまた驚いたのは「患者さんの悪口はステーションで絶対に言わない」ということ。

人間だから絶対に思うことあるって人はいると思うし人によって怒りのポイントは違うからバックヤードでは悪く言ってるのかも知れない。そこは聞こえないからわからない。

けど、以前の病院では日常的に「あの人こんなこと言ってどうの、こうの」と驚くほどみんな(師長の果てまで)悪口を言っていた。

高次脳機能障害で気が短い人、感情不安定な人、家族が複雑な人...

いる人たちは大きな違いがない。

だけども看護師さんたちのその人たちへのまなざしが大きく違うのは、効率的なシステムや指導体制の違いがあるのかなと思う。

病棟師長が研修を受けずに師長になっているのと、日々勉強して研修受けているのとの違いか、それ以外にも色々ありそうだけども。

でも、患者さんの悪口を言わないという当たり前のことが守られている職場で求められているプロフェッショナルは心が凛とする。

クレームに対しては

前病院では、鬱の強まった患者さんの強制退院、看護師と昔々恋仲だったことを理由になぜか患者さんが病棟を移動。

のち、強制退院。

そのほかにもたくさんたくさんクレームがあった。

 

インフル時期の面会制限へのクレーム、差額ベッド代へのクレーム、ホスピタリティ、看護へのクレーム...。で、看護師対応不能となると、MSWが駆り出され、医師はひたすら逃げ口上。最初から医師が盾になるとは思わないので、MSWが波を沈めるしかないけど、そもそもだな、そもそも看護師さんなりその時に最初にクレームのきっかけとなった人の対応がどうだったか?でだいぶその後の波の大きさも変わる。

 

大波になってからMSWのところにトラブルシュートしろと来るので、本当に骨折りだった。

 

ところが変われば...。今の病院では全くそうしたトラブルがない。

高次脳からくる不穏や苦情はもちろんあるけど、MSWが解決しろというよりも、まずはチームで方針を決めて医師が家族にICをしてコトが解決していく。

患者さんの苦情は治らないけど、それはチームで共有してこういう精神状態だとこういう反応をしてしまうよね、とあくまでもスペシャリストとして関わる。だから伝達ミスなど初歩的なミスで患者さんを不安にさせることも減らしていく努力をしているし、常に目の前と向き合いつつ前を向いているなぁと思う。

まとめ

余裕を持って支援をするために必要なのは、スキルと勤務のゆとりだと思う。

患者さんが思いの丈を話したい時に聴く時間、聞いた話を解決に導いていける提案、やるべきことを洗い出せるスキル、協力・責任体制を取れるチームワーク、病院であれば医師が矢面に立てるか。

それに尽きるんだと思った。

医師が矢面に立てば他職種は完治しないわけではなくて、病気が絡むこと、病棟管理・責任が絡むことだから医師、師長といった責任者が誰であるかが大事になる。その上で、他職種もそれぞれの場面で責任を担っているけども。

 

病院によってこんなにも違うことに驚いた次第。