それは先生が決めないでくれ。

とある医師のICに同席。

なんか、珍しく違うスイッチが入っているなぁと思って聞いていた。普段なら患者さんのカットイン(話の割り込み)にも落ち着いて、優しく対応してくれる。なのになんとなく、イラッとした感じというか、少し呆れているような雰囲気を醸し出す。

普段はそういう嫌らしいことをしない先生だけに、なんかよほど腹立っているのだろうか...と訝しみつつ、普段みたいに患者さんの言葉にならないモゾモゾとした訴えに耳を澄ませてくれていた。普段よりも機嫌悪めで。

 

その後、見かねた家族が「あなたは今先生の話を聞いてください」と患者さんを窘めてくれて、ようやくICが続行となった。

普段なら、家に連れて帰るのか、施設を望むのか、その辺りの選択を家族に委ねてくれる先生なのに、その日に限って「施設を第一と考えて」とかなり強くはっきりおっしゃっていた。

もしかしたら急性期ではそういう風に「今決断してほしい」というICをしてるのかもしれないけど、ここは在宅復帰を目指す回復期ですよ先生。

妻は連れて帰りたいと一貫して希望されていて本人もおうちがいいんですよ先生...と喉元まで出かかり、なんかもういたたまれなくなった。

ICは先生と患者さんの時間であり、ワーカーが口を挟むべきでないと思っているのでグッとぐっと我慢したけど、この私の我慢の感じもきっとあの小部屋にまた妙な空気を醸し出していたに違いない。

 

先生のICは優しくて患者さんに寄り添ってくれて、脳の話も勉強になってすごく好き。だけど、この間のICはなんだったんだろうか。と思う。

 

まあ、今度先生と話してみよう。

 

だけど、医療者がいつも思っていないといけないと思うことがある。

それは、自己決定権は患者さん本人とそのご家族にあるのであり、私たちは一つの選択として色眼鏡なく、施設と在宅と、提示するのみである。と。

 

もちろん、アセスメントにおいて「施設を第一に」とすべきこともある(虐待ケースや家族の著しい介護力の低下、家族が疾患を抱えているなど)。

ただ、今回で言うと在宅のサービスを駆使していけば3ヶ月、あるいは半年、1年と在宅を目指せるのではないかと思われるケースだった。これはワーカーサイドのアセスメントで医師のアセスメントとは違うかもしれないけど。

 

でも普段の先生は、その辺りのアセスメントをそこまでせず、救急のこともやってる先生だからちゃんと体や脳のことをみるに徹している。

それゆえに不可解なICだった。

 

まあ、ありがちなことだけども、自戒を込めて「できるとかできないとか、無理とか勝手に他人が決めるな」ということを心しておきたい。