MSWの仕事を在宅ワークで考える

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もうかれこれ1年4ヶ月、日本国内ではだらだらと新型コロナが蔓延し続けている。諸外国も同じかもしれないけど、「だらだら」という言葉がぴったり。

なにかあると「お願い」から始まり、「強い要請」「協力要請」とか新しい日本語を駆使して「とにかく控えよ」という話があちこちの知事から飛び出し、菅総理に至っては「打ち勝った暁としてのオリンピック」とか言っちゃってる。打ち負けている様子しか見えないんですけど。

 

で、ここにきて選手に毎日PCR検査を!という話もあって、あーだこーだ、つべこべ言ってた医者もいたけど「検査でスクリーニングするのが一番てことじゃん」と素人もわかることを今更ながら再確認している。

たとえば私みたいに毎日病院に出勤する職員だとか、出勤して業務を行う人たち(業種関係なく)、学校関係者(児童・生徒・学生含め)は定期的(週1とか)にPCRをして陽性なら速やかに強制的に休むということをしていけば蔓延は少しは防げるのではないか、と思う。

でも子どもが陽性とか家族が陽性とかだった場合の扱いは結局、同居家族も休むことになるし、そうなると病院が回らないな〜なんて思った。

そもそもこの仕事は在宅でできるか?と考えてみた。

 

うーん。できそうでもありできなさそうでもあり。

できそうな部分で考えると外部からの入院相談。

MSWの職員用スマホとかピッチに電話転送をしてもらい、外部からの入院相談を受けてそれをGoogleのスプレで共有。追加で伝えたいとかは出勤している人に電話で伝えることもできる。

事務的なことは在宅でもできるけど、できないことはインテーク面談とか患者さんとの面談、他職種との雑談件相談とかか。

毎日、無数の雑談や軽い相談をスタッフとしていてそれこそがアセスメントの材料になっているし、患者さんと何度も会って挨拶して目を合わせている中で「ホンネ」を教えてもらっている。

という状況を考えるとできる業務は局所的。

MSWとしての本領はなかなか在宅だと難しいな〜と思う。

 

でも逆にそれ以外の業務(集計だとか連携業務の一部)はオンラインでもできそうな気がする。

 

今の職場はIT化をようやく進めているけど、個人的にはGoogleを活用してないことがやや不満。

WindowsのOfficeって私の中ではいまだに使いづらい。

Googleなら履歴もサクサク遡れるし、権限付与もかんたんに制限かけたり外したりできるし、インターフェースもわかりやすくシンプルだし。

 

こういうふうに業務を在宅とかでやってる病院てあるのかな〜。

海外の(特に欧州)MSWやSWはコロナのロックダウンの時期、どんなふうに働いているのだろう。

と思ったら、その一端がわかるというか。そういえばニュースで見たな。

 いつだってソーシャルワーカーはアクションを起こし続ける。

病院内のSWもまた、患者さんの最善を考えて動くから何でも在宅というのは無理。だけど業務の一部は在宅でもできそうかな...と思ったり。

 

MSWは人気がないらしい。

全然知らなかった話だけど、MSW(医療ソーシャルワーカー)は今人気がないらしい。社会福祉士の資格をとった後、本当は児童相談所児童養護施設で働きたいと思っていたけど、児相は年増の未経験なんて絶対採用しないし、仮に働けても非常勤。子ども二人を養う義務のある私には無理な話だった。

児童養護施設は夜勤もあって、実習で行ったときに夕方4時に出勤して翌日午後3時に上がる、なんて姿を見て「ここで働いた場合、ほとんど子どもに会えない生活になるんだな」と思った。

だって午後3時に上がって、下手すると翌日9時には出勤していたから。

それに、仕方のないことだけど「家事援助」っていうか、仕事の半分は家事だった。当たり前だけど。

家でも料理が苦手な私には務まらないんだな、としみじみ。

 

最大限の気を使って洗濯を干したり畳んだりしたけど、家でいかに適当に生活しているかをまざまざと思い知らされるというか、お母さん代わりのような側面もあるから、大事なことだけど家事が苦手で務まらないな〜なんて思ってしまった。

 

実際に転職活動をしているときに、どう探したらよいかわからずエージェントを利用したのだけど、その方いわく「ワーママだったらMSWがおすすめ。夜勤はないし!資格取得下ばかりの未経験でもとってくれるところあるから」という言葉に後押しされて、いくつか応募して驚くほど面接に進むことができた。

採用通知は3/3。

その中で、一番何でも経験できそうな「回復期」を選んで働いたけど、まあ臨床に興味もない、部下に興味もない上司のところで働いたおかげで1年目から辛酸なめ尽くし状態。

 

ただ、MSWでよかったなとしみじみ思っているのは、今回のコロナ騒動みたいなこの1年の動きの中でも病院の中にいるおかげで先生にもいろいろ聴けたし、所詮は先生だって専門が違えば「え〜わかんな〜い」って感じだ。

 

先日も帰り道にしゃべってて「ワクチンなんてどれくらい効果が持つかわからないしこわいよね〜」「薬害とかあったらどうするんだ?って話。みんなでいなくなっちゃうじゃん、病院つぶれちゃうじゃんね」と、医師らしからぬというか、普通に素人と同じ感覚で話をしていた。

 

当院では絶賛募集中で何年も過ぎているとのことだけど、こんなに心地よい、働きやすい病院なのにな…と思う反面、初めて医療界に入る人にとってはコロナの渦中に飛び込む、という感じでもあるのかもしれない。

合う/合わないも人それぞれだけど、いろんな職種の人と仕事ができること、入院があれば必ず退院があるという病院の中で働くのは思っていたよりも楽しいなと思う。

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経管栄養で退院した人の、その後。

今年度は経管栄養で自宅退院をした人が4人いる。そのうちの一人は諸事情によりやむなく一時退院して、今は入院していただいている(元気そうですごくホッとした)。

残り3人は、かなり重い嚥下障害があって、お一人は仮性球麻痺だった。そう多くない症例らしく、STさんでも「あんまり経験がなくて。過去6人くらいしか見てないんです」とおっしゃっていた。やや、というかは仮性球麻痺ど真ん中な方だった。

 

おまけに麻痺のせいもあってか、味覚が著しく変化してしまい、病前に好きだった味を受け入れず、ご家族が差し入れに苦労していた。

経鼻で帰った人もいる。奥様は「もうやだやだ、絶対やだ。口で食べる以外延命でしょ!」と言っていた。

うーん。

本人が経鼻を望んでいて、ご飯食べたくない、これやって!と経管をさしていた。

 

胃ろうなんてもってのほかだし、かといって経鼻を抜いて帰すと水分も取れないわけで(しかも本人は認知もなくコミュニケーションも取れる)お看取りレベルでもないのに、抜いて帰すリスクが高すぎた。

というわけで経鼻で自宅退院したのだけど。

 

その方々のその後。まだ退院して4−5ヶ月くらいの方たちなのだけど、なんとみんな家で「ご飯食べてます」「バクバク好きなもの食べてます」ってすごいことになっていた。

 

こういうとき、しみじみと医療なんて所詮、過去起きたことを焼き直ししているに過ぎないのね。未来を開くのは、本人自身だもんね。

 

と思うし、今いる患者さんが私たちに見せている姿がすべてではないっていう当たり前のことを思い起こさせてくれる。

 

完璧な身体機能も、環境設定もない。

だめだったらこういう方法も、ああいう考えもあるよねという余地をいつものこしておきたいし、今年度、経管栄養で退院した人が軒並み食事をとっているからと言って、これから先、経管で退院する人たちに同じことが言えるかどうかもわからない。

だけど、人にはいろんな可能性があることを忘れずにいたいし、年齢もあんまり関係ないなぁと思う。

 

強いて言うなら、認知機能の低下の有る無しは関係してくるのかもしれないけど。

こういう患者さんのその後、って学ぶことが多い。

あの患者さんのその後。

前回書いた記事。

 

social-work-tokyo.hatenablog.com

 この続きで、実は患者さんがかなりシャキッとしてきていろいろと思いを伝えてくれるようになっている。

耳が遠かったり、ADLはやっぱりそこまで上がってはいないけど、リスク管理はできるようになっている。

 

先生ともその後、「先生、やっぱり施設オシですか?」と聞いてみたけど「家族が大変かなぁって思ってさ」って、いつもの先生らしい優しい配慮だったらしい。

まあ、週の終わりのICなのでわりと疲れ気味なのかも。

だって急性期で夜中まで働いてからの翌日外来に行って、午後ICだからね。先生もイラッとするし疲れて当然。

 

そして家に帰れそうというところまで落ち着いてきた。

先生も「いいんじゃない」って言ってくださって、一件落着。

あとは帰るタイミング等々をどう決めていくか、かな。

なんだかんだと信頼できる先生と働けることはすごい良いなと思っている。

それは先生が決めないでくれ。

とある医師のICに同席。

なんか、珍しく違うスイッチが入っているなぁと思って聞いていた。普段なら患者さんのカットイン(話の割り込み)にも落ち着いて、優しく対応してくれる。なのになんとなく、イラッとした感じというか、少し呆れているような雰囲気を醸し出す。

普段はそういう嫌らしいことをしない先生だけに、なんかよほど腹立っているのだろうか...と訝しみつつ、普段みたいに患者さんの言葉にならないモゾモゾとした訴えに耳を澄ませてくれていた。普段よりも機嫌悪めで。

 

その後、見かねた家族が「あなたは今先生の話を聞いてください」と患者さんを窘めてくれて、ようやくICが続行となった。

普段なら、家に連れて帰るのか、施設を望むのか、その辺りの選択を家族に委ねてくれる先生なのに、その日に限って「施設を第一と考えて」とかなり強くはっきりおっしゃっていた。

もしかしたら急性期ではそういう風に「今決断してほしい」というICをしてるのかもしれないけど、ここは在宅復帰を目指す回復期ですよ先生。

妻は連れて帰りたいと一貫して希望されていて本人もおうちがいいんですよ先生...と喉元まで出かかり、なんかもういたたまれなくなった。

ICは先生と患者さんの時間であり、ワーカーが口を挟むべきでないと思っているのでグッとぐっと我慢したけど、この私の我慢の感じもきっとあの小部屋にまた妙な空気を醸し出していたに違いない。

 

先生のICは優しくて患者さんに寄り添ってくれて、脳の話も勉強になってすごく好き。だけど、この間のICはなんだったんだろうか。と思う。

 

まあ、今度先生と話してみよう。

 

だけど、医療者がいつも思っていないといけないと思うことがある。

それは、自己決定権は患者さん本人とそのご家族にあるのであり、私たちは一つの選択として色眼鏡なく、施設と在宅と、提示するのみである。と。

 

もちろん、アセスメントにおいて「施設を第一に」とすべきこともある(虐待ケースや家族の著しい介護力の低下、家族が疾患を抱えているなど)。

ただ、今回で言うと在宅のサービスを駆使していけば3ヶ月、あるいは半年、1年と在宅を目指せるのではないかと思われるケースだった。これはワーカーサイドのアセスメントで医師のアセスメントとは違うかもしれないけど。

 

でも普段の先生は、その辺りのアセスメントをそこまでせず、救急のこともやってる先生だからちゃんと体や脳のことをみるに徹している。

それゆえに不可解なICだった。

 

まあ、ありがちなことだけども、自戒を込めて「できるとかできないとか、無理とか勝手に他人が決めるな」ということを心しておきたい。

生活保護手帳2020

ずっと頭を悩ませている生活保護制度。私には何度読んでも難しい。法律の言葉ってどうしてこんなに難しいのでしょう。

官僚言葉が理解できなくて要はどういうこと??と思う。何度もぶつかる言葉の壁。

最近調べているのが世帯分離のことなのだけど、世帯の認定の項目が本当に難しい。

「世帯員のうちに、稼働力があるにもかかわらず収入を得るための努力をしない等保護の要件を欠く者があるが、他の世帯員が真に止むを得ない事情によって保護を要する状態がある場合」

 

ええと。つまり働き世代なのに働いてなくて親や配偶者など(であってるかな?)が生活困窮しちゃってる場合ってことかな。なんか違うかな。

でもひとまず病院にある保護手帳が2012年版で超古い。だから自腹で2020版を購入して勉強している。それにしても難しい。

現実にいる、目の前の人にどの条文が当てはまるのか、どう解釈できるのか、その辺りを勉強しないとすごく難しい。

 

ああ。

閣議決定で簡単に葬儀に9000万円出すくせに生活保護で月に10数万円の保護費を決定するのに本当に大変な申請の難関を通り抜けて審査受けて制限もあって...この国はどうなってるんだろう。

誰だよ月7万円で...とか抜かすやつは。と怒りを禁じ得ない。

 

でもSWとして法的根拠に基づいた支援をするというのは当たり前に大事なことだから、法律をきちんと把握して事にあたらねば。

知らないことが多すぎてわからないことが多すぎて。がっくり。

MSWになって4年目

すごく昔のことのようだ。MSWになって3ヶ月の頃のことを書いた日が。

あれから3年がまるっとすぎて、4年目を過ごしている。

赤恥だらけの日々だ。

3ヶ月でかく赤恥と、4年目でかく赤恥には大きな溝があって、今は毎日、穴があったらすぐに入りたい。

そう思う日々だ。

知らないことだらけ。無知という言葉が一番今の自分にふさわしいと思う。

わかることも多少はあるけど、分からないことの方がはるかに多くて、右往左往の日々だ。

基本的なことすらすっぽり抜け落ちてることがよくある。よくあっちゃいけないのによくある。

例えば40歳以上の介護保険の申請の手続きは、地域包括支援センターではできるんだっけ?できないんだっけ?とか、オムツの助成事業のこととか。昨日はこのオムツの助成事業のことでとんでもない勘違いをしていて、同僚に指摘されて慌てて修正したり。

バカだなと思う。

一体、今まで何をしてきたんだろう。していることが身についてないなと。

もっと若い時からこの仕事をしていればもう少しは記憶の定着も良かったのか...とか。私の頭なので所詮そのレベルかもしれない、とか。

 

でもなぁ。わかってるって思うよりも分からないんだと思っている方がいいような気もする。わかるという傲りは学ぶことから遠ざかるから。

周囲の人みんなが大先輩で大助かりだから、恥・無知って自覚する毎日だけど、10年目に自分がどうなってるかなと思いながら、毎日を無為に過ごさず学び働く日々としたい。