「ストレングス」視点に立つ

まもなく退院の時期を迎える患者さん(Aさん女性)がいる。

彼女の状況は

【家族状況】

  • 夫と二人暮らし
  • 他に身寄りがいない
  • 高齢

【経済状況】

【身体的・心理的状況】

  • 高齢
  • 下半身麻痺
  • メンタルが弱い

といった具合だ。

そうした中、「自宅に帰りたい」という希望を持っている。

ここ半年、治療をしてきたが歩行などはもってのほか、自尿も出ないのでバルーンを入れている。

PTもOTも「はっきりいってこれ以上は無理」との見立てをしているが、それでも本人は自宅に帰ることを望んでいる。

その理由は、

「一緒に連れ添った夫を家に残して別のところに。なんて考えられない。残りの人生、夫と過ごさせてほしい」という切実なものだった。

彼女を取り巻く状況は困難が多いが、私がここで見えていたものは、OTさんやPTさんとは少し違った。

【家族状況】

  • 夫がいる
  • 高齢である

【経済状況】

【身体的・心理的状況】

  • 下半身麻痺で身障手帳の取得が可能
  • 帰りたい気持ちが強い
  • 気持ちにブレがない
  • 身体状況を自分である程度把握している
  • 要介護4

とくに最後の「気持ちにブレがない」というのは支援する上でとても大きな位置を占めることを最近とみに感じるようになっている。

入院時に「とりあえず自宅で」という人は多いが、付帯条件がその後にいくつも出てきて「家は無理だね」となるパターンも多い。

しかし逆に、一つ一つの付帯条件をクリアしたり代償手段を考えて「絶対に自宅」というケースもある。

今回はこの後者のケースであった。

 

今回、OTから出た「無理」の最大の理由は「夫が主たる介護者になりえないから」ということであった。

夫はがんを患ったこともあり、身体的に健康ではないし、年相応の「衰え」を本人も自覚している。自分が妻を支えられないことの認識もある。

その上、比較的依存的で自身の介護保険申請もしていないという有様だ。

 

個別でも、病棟会議でもたびたびこの患者さんのケースについて話し合いを重ねた。看護師もPTもOTも「こんなにリスクが高くてこんなにできないことだらけで、本当に自宅なの?現実が見えてない」という思いをにじませながらの重い会議になった。

その中で、病棟師長が「確かにいろいろあるけど、まずはやってみようよ。できること1つ1つ確認して、本人がやりたいこと・やりたくないことを振り分けて、それでやってみないとわからないじゃん」と言ってくれた一言は、とても大きいものであった。

 

今回、師長さんの発言があるまで「自宅以外を患者さんに提案するのが医療機関の親切」という雰囲気があった。

その中で気になったのは、以下の2点だ。

  1. 患者さん本人のストレングスに立っていない
  2. 夫を介護者にしたがる

もちろん、一緒に住む人というのは非常に重要でありそれなりの役割があるが、夫自身がどこまでできて、できないのかを見極めていく必要がある。だが、その精査をしないままスタッフから「この夫のもとでは自宅は無理」「非協力的だから夫は帰ってきてほしくない(に違いない)」などのバイアスのかかった思いがすけて見えた。

 

「自己覚知」ということを社会福祉士の学びの冒頭で教わったが、自分のよって立つ価値観が支援にもあらわれることは否めない。その価値観とは何か、何が自分をその価値観に引き寄せているのか、よくよく内省していく必要がある。それはソーシャルワーカーに限らずとも必要なのであろう。

 

本人の思いの強さは、支えるスタッフたちをいろいろな形で動かす。この動きこそ、病院としても個人の専門職者としても成長させて貰える機会となる。

患者さんのストレングスは、実は従事する者にとっての非常に貴重な経験、スキルアップのチャンスでもある。

 

今回の患者さんは、「妻は夫を支えてなんぼ」と思う方で、私とはまた少し家族観が異なる。だが、「家に帰りたい」「夫のそばにいたい」との思いは大いに理解できることで、それを実現するために夫にも負担がかからず、妻の気持ちも実現する選択肢を探すことが必須であると考えた。

夫が支えられないのであれば、現在出ている要介護4でサービスをフルに利用して課題、リスクを1つ1つ減らしていくしかない。リスクも課題もゼロの家庭など実はどこにもないのだから。